第58番札所 作礼山 仙遊寺 千光院
されいざん せんゆうじ せんこういん
JR今治駅からバス 鈍川行 大須木下車 徒歩60分。 | |
御詠歌 | 立ちよりて作礼の堂に休みつつ六字を唱へて経を読むべし |
住所 | 愛媛県今治市玉川町別所甲483 |
TEL | 0898-55-2141 |
HP | http://www16.ocn.ne.jp/~senyuji/ |
宗派 | 高野山真言宗 |
開基 |
越智守興 |
宿坊 | あり(要予約) |
駐車場 | 本堂裏に隣接 |
玉川町産業経済課 電話0898-55-2211 | |
http://www33.ocn.ne.jp/~kotaro_mil/iyosumi/towninfo/tamagawa.htm |
作礼山の急な坂の山上にある「おされさん」の愛称で親しまれる「仙遊寺」。
天智天皇(662~672)の勅願によって伊予の国主、越智守興が堂宇を建立した。
本尊の千手観世音菩薩は天智天皇の守護仏で、海から上がった龍女が刻み、龍女は海から竜登川を伝って作礼山にやってきたが、一刀刻むごとに三度礼拝していたため、完成までには幾日も要したという。作礼山の名は、このエピソードに由来している。
養老2年(718)までの40年間は、阿坊(あぼう)仙人という僧がここで読経三昧の日々を送り、諸堂を整えた。しかし仙人は、雲と遊ぶかのように、ある日忽然と姿を消したという。仙人の話は人々の口から口へと伝えられ、いつの間にか寺の名は仙遊寺になった 平安初期にこの寺を巡錫した弘法大師は、荒れていた寺を再興し、それからは寺運が栄えるようになりました。
山門より50段ほど石段を登った参道沿いに、弘法大師が錫杖で地面を突いて湧き出たといわれる「大師の加持水(だいしのかじすい)」の井戸があります。霊水として多くの人々の病気を救ったとされています。
境内からは、今治市街やその向こうに、瀬戸内海の小島など下界の風景が眺望できます。
明治時代には宥蓮(ゆうれん)上人という高僧がこの寺の山主となり、その法力で人々の信仰を集める。だが、上人は衆生済度の思いをこの世に残すべく、生きながら土中に埋まって入定した。境内にはこの宥蓮上人を供養する五輪塔が建立されている。
境内の片隅には、「八十八ヵ所御砂踏」があり、足元を多くの石仏に取り囲まれた大師像がひっそりとたたずんでいる。囲んでいるのは八十八ヵ所すべての札所の本尊が彫られた物。
昭和22年の山火事の為、全山焼失したが、本堂は昭和28年に、太子堂は昭和33年に再建された。
本尊 | ||
千手観世音菩薩 | ||
真言 | ||
おん ばざら たらま きりく | ||
58仙遊寺の金剛力士像 |
越智氏
越智氏は古く大和朝廷の時代に今治を治めた乎致命(おちのみこ)を祖とする豪族。
国司や郡司を歴任して、後に大三島宮司の祝氏や水軍を興す河野氏や土居氏などの分家がある。
「食うて稼いで 寝て起きて さてそのあとは 死ぬばかりなり」(一休和尚)。
それが人生ならば、遍路も人生である。食うて歩いて 寝て起きて さてそのあとは…? 急いで何になろう。
仙遊寺の宿坊は2000年より予約受付ができ、なんと天然温泉や足湯がある。ルールは必ず朝のお勤めに参加する事。
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